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私はサマーズ氏が謝るのを見たのは、あれが初めてだった。

数年前、ニューョーク連銀で各国のCの総裁や高官が三○人ほど出席したある会議でサマーズ氏がやり玉に挙がったことがあるが、彼は三○人全員を瞬時に封じ込めるぐらいすごいスピーチをした。 その場所にいた私は、やはりサマーズ氏は凄いと思ったものだ。
そのサマーズ氏が、この五%と九五%の違いを指摘され、不動産価格が八三%も下がったが、それでもRTCの方法を使うのかと聞かれた時に、さっと顔色が変わって「これは非常に不注意な発言をしてきたかもしれない」と言ったのだ。 というのも、日本にRTC方式を使えと言ってくる人たちの大半は、日本における資産価格の下落も一九八九年当時のアメリカ並みで、大したことはないと信じているのである。
その彼らにマイナス八三%というデータを見せると、みんなそんなにひどかったのかと、びっくりしてしまうのである。 彼らは日本の実態を知らないのである。
実際に二○○一年七月、私はワシントンでホワイトハウスと財務省の関係者と邦銀の不良債権問題について議論したが、その時私は「あなた方は日本に対し、八九年にアメリカが使ったRTC方式で不良債権を処理せよと提言しているが、日本政府がそれを受け入れた場合、いったいそれは日本の納税者にどのくらいの負担が発生することになるのか、試算をしたことはあるのか」と聞いた。 前にも指摘した通り、RTC方式での不良債権処理は、米国の納税者に一六○○億ドルものさらに私はすかさず「すでに前FRB議長のボルカー氏が、今の日本で不良債権処理を急ぐことは大変な納税者コストの増大につながり、しかも景気には大変な悪影響を与えると言い出している。
実際に彼は、不良債権処理には速度制限を設けるべきだとまで言っている」と付け加えた。 ところが今の日本は、商業用不動産がピーク時に比べ全国平均八三%も下がり、その結果、おそらく九五%の金融機関が何らかの問題を抱え、本当に健全なのは五%程度であるという状況である。
そのような状態でRTCの方式を使ったら、日本の納税者はいくらの負担を覚悟すべきなのか、試算はあるかと聞いたのである。 返ってきた答えは、私が思った通り「試算などない」だった。
しかし、こんな無責任な話があるだろうか。 九五%の金融機関が傷んでいる時に、五%の金融機関が傷んでいる時の対応策を提案しておきながら、それを使った時のコストは計算していないというのである。
逆に言えば、彼らが納税者のコストを正面切って計算すれば、いかに今の日本でRTCの手法が天文学的なコストにつながり、非現実的なものであるかは、すぐわかったと思われる。 日本に対して銀行の不良債権はRTC方式で処理しろという主張は、日本経済という患者さんをまったく診断したことのない人たちの主張だったのである。
だから日本がきちんとこの話をすれば、アメリカもわかってくれるはずである。 それをT大蔵大臣までがアメリカのRTCの方法でやろうなどと言い出すものだから、ますます話はわけがわからなくなってくる。
このへんはK総理も本当に注意してほしいところである。 実際に少しずつではあるが、海外でも日本における早急な不良債権処理は危険ではないかとそうしたら、ホワイトハウスのスタッフも財務省のスタッフもびっくりして「本当にボルカー氏がそんなことを言っているのか。

その記事のコピーはあるか」と言い出したのである。 私はボルカー氏の記事は「週刊T経済』の六月二三日号に載っていることを伝え、また、これほど大きなシステミックリスクが発生した日本では、一九八二年に米国で第一次中南米債務危機が発生した時のボルカーFRB議長(当時)が使った手法を使うべきだと主張したが、ボルカー氏の名前が出てからは米国側の反論は一気に静かになってしまった。
私もいまだにボルカー氏の影響力がこんなに強いものとは知らなかったが(ボルカー氏は一九八七年にFRB議長を退任)、彼らが日本でRTC方式を使った場合の納税者負担額を出せなかったことから見ても、これから彼らの日本に対する主張は少しずつ変わってくるのではないか。 今でこそまだ一部の米国当局者は、日本に資金需要がないことに気づかず、不良債権問題の認識が広まりつつある。
再び私事で恐縮だが、二○○一年七月の出張でロンドンへ飛んだ際、『F』の友人にこの話をしたところ、彼はびっくりしてその場で私の「不良債権処理を急ぐべきではない」という文章を同紙に載せることを決めてくれた。 しかも同紙は、その時点で世界が日本に一番注目している七月末の参院選の関連記事(七月三一日)として載せてくれたのである。
彼らが私の投稿文につけたタイトルはなんと「日本の間違った選択」だった。 また私が外務省の要請で二○○一年三月にこの点についてニューヨークで発表した論文は、エコノミストにとって最高の栄誉の一つである賞を受賞した。
この団体はグリーンスパン氏が会長を務めたこともあるなど米国では大変権威のあるところだが、そこが本書と同じ内容の論文を二○○一年の最優秀論文と認めてくれたのである。 余談だが、その授賞式が九月一○日の夜、ニューヨークの世界貿易センターで行われ、それに出席したことが、私が翌朝の同時テロに遭遇するきっかけとなった。
不良債権処理はもちろんやらなければいけないのだが、不良債権は景気の制約要因ではないということはきっちり理解しておかなければならない。 すでに述べたように、それが制約要因早期処理を日本に求めているが、こうした米国のスタンスは遠からず修正されるだろう。
かのクルーグマン教授も最近ようやく日本に資金需要がないことに気づき、不良債権の早期処理が日本経済の回復の条件ではないとはっきり言い出している。 しかも日本の金融・債券市場は、超低金利という形で世界中に日本国内の資金需要の弱さを毎日・毎時・毎分アピールしているのである。
このことに米国政府が気づくのは時間の問題だろう。 そうなると彼らの日本の不良債権処理に関するスタンスは大きく変わってくるだろう。

したがって、日本からきちんと情報発信をすれば、「そういう状況ならばRTC方式ではなくて、別の方法でやりましょう」と必ずアメリカは言ってくるはずだが、そういう情報発信が充分なされていない。 そういう意味では、日本側からももっと情報発信をしないと、とんでもない間違った薬を飲まされることになる。
それで失敗しても、アメリカは「ごめんなさい。 知らなかった」ですむが、実際に日本に住んでいる我々は経済が崩壊するだけでなく、そこで発生する膨大な治療費T財政赤字)をもろに負担させられることになるのである。
目抜き通りの借り手の例のように不良債権は減るどころか、ますます増えてしまう。 かの一九八二年の中南米債務危機の時も、もしもボルカー氏みたいな人が現れず、ミクロの正義を優先して、彼らが中南米から逃げ出すのを許したり、彼らの経営責任を間うていたら、すべてが一気に不良債権となり、大手米銀全行を含む膨大な数の銀行が潰れただろう。
そうなったらその連鎖反応で米国経済も崩壊し、その結果米国内で発生した不良債権は恐らく当初の一七五○億ドルの何十倍にもなっていたと思われる。


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